2013年6月27日木曜日

面白いサカナが釣りたくて






こんな話を聞いたことがあります。


「2本の川が交わるところで釣りをすると、見たこともない面白いサカナと出会えるかもしれない」



この話をしてくれたのは、釣り名人ではなく、学校の先生。

言うなれば、生き方を釣りに例えたお話なので、真偽はわからないんだけど


初めて聞いたとき、「あ~、わたしも面白いサカナが釣りたいな」、と思った。

(なんか、しっくりきちゃったんだよな。)

私にとっての2本の川とは何かというと、


1本は、もちろん、の川で、

もう1本は、大学院で勉強している日本語教育の川。


SNSでは基本、豆々しい部分を出していて、私が一体普段何してるのか疑問になる人もいるようで。(むしろ学校行ってるの?という質問も・・・・)

簡単に言えば、日本語の先生になる勉強をしています。

教える相手は留学生だったり、
地域に暮らす定住外国人と言われる立場の人々だったり、
海外で日本語を勉強する人達だったり。

「英語の波に逆らって、
どうしてわざわざ日本語を教える方を選んだの?」
と、いつも聞かれるので、ここでちょっと詳しくお話ししたいと思います。



日本語の先生という仕事に出会ったのは、アイルランドに留学をしていたとき。
ある一人の先生を通じて、日本語を勉強するアイルランド人学生のクラスに参加することになったことがきっかけです。


アイルランドって、日本人にとっては正直、知名度が低いから(アイスランドと間違えられること多々)、
日本語をやっているひとがいることは、私にとっては衝撃だった。

同時に、

世界の片隅にある国として思ってきた小さな国々にも、
こうやって日本語を勉強する人が存在しているとしたら、、、
と想像してみたら、わくわくしてしまった。今もちゃんとこの時の気持ちは覚えてます。



海外旅行にでかけたとき、「日本人で良かった」って思う瞬間がたくさんあったんだけれど、


なんでだろう、と思ったとき、ふと、頭に浮かぶのは


ありがとう」、「こんにちは」を発する世界の人々のことだったりする。

自分の言葉を知ってくれている安心感。

なんだか、分かり合えるような気がする親近感。

そこから関係って始まっていくのかな、とも思う。



「言葉」は私達が考えていること、感じていることを反映してるから、

日本語だから伝わる気持ちや価値観は当然あると思う。


世界で日本語を学ぶ人が増えていくことは、世界中に日本の理解者が増えていくこと、と考えても、どうやら言い過ぎではないようです。


世の中はグローバル化の一言。
英語の必要性、世界に通用する人材の必要性が叫ばれている。

その流れに逆らおうとしているわけではないん
です。


みんながみんな、世界を目指せる時代だから


日本っていいね、日本人っていいね、日本語っていいね


そう思ってくれる人が、社会が、国が、世界に1つでも多く残っていって欲しい。

日本の国際化を、英語とは違う切り口で支えられる、一つの手段として、日本語の普及は必要です。

そんな、こんなで、

日本語の先生になって、
日本語を楽しく学んでいる世界中の人に会いに行くことは

世界と豆食文化で交流することと同じく、人生の中で実現したいことのひとつなのです。





      ×日本語




この2つが交わる日がきっと来る。

そこが、とりあえず、今ところ目指すべきゴール。


直観的に生きる私の想像では・・・言葉も食も文化という共通点があるので

案外、何かしら釣れそうな気がしてます。ちょっと珍しがられるかもしれないけれど。


何になるかはね、まだ、わからない方がいいのかもしれない。

釣れるサカナがわかっている釣りじゃ、人生ちょっと物足りない気がするから。






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