2013年7月25日木曜日

嘲笑




まめちゃん、
"51"を意識するといいよ。




最近、お友だち(かつ、人生の先輩)に教わった。





51を目指せ、というのは、イチローを目指せ、という意味ではない。



これは、割合の話で

51パーセントの理解、賛同、共感を得る、という話。




そういえば、ブログやFacebookページを始める時、別の人生の先輩にはこう言われたっけ。


「10人のうち、2人が共感してくれれば、充分、意味があるんだよ。」と。


私が、単体として、発信をすることに対して抵抗を抱いていたころ、
(だって、自分を出せば出すほど自己陶酔しているように見えるじゃない、と当時は意固地になっていた。)

こんな言葉で、発信をすることのハードルを下げ、
そっと、背中を押してくれていたのだと理解できます。

「いいんだよ、10人いて8人が嘲笑っても、

2人は真に受けて応援してくれる、それで、いいんだよ」と。

まだ、私がこうやって、あらゆる媒体で活動を公開し、他人を巻き込み初めて、

およそ1ヶ月。



ものずごい変化が起きた。周りの反応も、自分の中身も。


褒められること、讃えられること、嬉しがられることが増えた


と、同時に、

鼻で笑われることが増えた。
なにが目的で「豆好き」をアピールしているんだか、というような反応や
ピンとこない、と言わんばかりの表情をされることも増えた。



確かに、10人中2人の支持は得られるようになった。

最近は出会う人10人中5人のココロに想いが届くようになってきたと思っている。





じゃあ、これから先、10人中10人のココロを射止めるような人間を目指すの?

というと、

そうじゃない。

「あいつなにやってんだ」ってネタにしてくれるヒトがいるおかげで
”カッコいいことしてる”っていう気分にはなりたくない、そんな私のココロが救われている事実。





嘲笑を恐れる自分でいたくない。

鼻で笑ってくれる人にも出会い続けないといけない。




もし100パーセントの共感を得ている人気者であるような感覚を覚えたとしたら、

それは、きっと、

わかってくれるヒトとしか付き合おうとしていないだけ。
心地よい環境に浸っているだけ。

そんなあったかい場所から、飛び出してみる。


”スイミー”のように、色の違う集団に飛び込んでみよう。

紅一点になってみたり(スイミーは黒一点ですね)

私だけ「若い」と評価されるような人生の先輩たちに囲まれたり、してみよう。


そうやって、「一点モノ」になる機会が、私の日々にワクワクをくれます。

とっても楽しく感じています。

(兄・兄・私の3人兄妹で育ったので、、もともと「紅一点」が心地よく感じるのかも)


ちょっと話それましたが

何が言いたかったかというと



肩のチカラを入れすぎず、ゴールを定めすぎず、

51パーセントっていう感覚は絶妙だな、ということです。























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